サラワク州のアブラヤシ農園に関する2011年度調査概要

農園開発の反対デモをしていた住民が警察に狙撃された。1998年12月ルマ・バンガで発生(現地住民の撮影)

サラワク州のアブラヤシ農園開発に関する概要

サラワク州でアブラヤシ農園開発が本格化したのは1990年代に入ってからです。それ以前はマレーシアの半島部が主な生産地でしたが、増産を続けてきていた半島部では、開発できる土地がほとんどなくなったことから、開発はサバ州・サラワク州へと移っていきました。1990年時点ではマレーシア全体のアブラヤシ農園面積(209万ヘクタール)に占める半島部の割合は83%だったのに対し、2011年時点では51%にまで減少しています。一方、サラワク州が占める割合は3%から20%へと増加しています。

 1990年代初頭までのサラワク州では、丸太生産のための商業伐採が盛んに行われており、伐採が終わった跡地を再利用する形で農園開発が進んだのです。

 しかしアブラヤシ農園の開発は、サラワクの熱帯林に住む先住民族に「伐採のほうがマシだ」と言わしめるほど、その手法はより暴力的になったと言われています。商業伐採の頃にも、道路封鎖などで木材会社と争いになり、逮捕者が出たりするケースはありましたが、アブラヤシ農園の土地獲得を巡っては、より深刻な刑事事件につながるケースが散発しています。1998年には、農園開発に抗議するためのデモ行進で住民に警官が発砲し、1人が死亡する事件や、1999年には、開発を迫る暴力団と土地を守りたい住民との乱闘で暴力団側4人が死亡する事件が起きています。

 インドネシア・マレーシア両政府によるパーム油増産の表明、干ばつによるナタネ油や大豆油の不作、さらに経済発展目覚しいインドや中国の需要増を背景に、2007年、パーム油の価格は急騰しました。前年1トン当たり約400ドルだった価格は、2007年4月には700ドルを突破し、2011年には1,100ドル前後と、この数年で価格は約3倍にもなっています。

 この急騰は、企業だけでなく一般市民や森に住む先住民族にも変化をもたらしました。アブラヤシを植えれば儲かるとばかりに、先住民族自身が大規模生産に乗り出すケースさえ散見されるようになったのです。価格の高騰による外部からの開発の波、そして収入増を期待する現地住民自らの開墾が、いま同時に起こっています。

 しかしながら、この波に抗うように、あくまでも「森は命」との思いから、現地のNGOを軸として、必死に自分たちの森を守ろうとする先住民族はまだ多数存在しています。先住民族によるGPSを利用した地図づくりや村の境界線での植林活動などは、今後多くの村に広まっていく兆しが見えています。

 

 

現地でも、そして日本でも、情報普及が現状を変えるカギに

アブラヤシ農園において、利益を生み出すのに必要な面積は最低でも3,000ヘクタールと言われています。これは東京都を走るJR山手線の内側面積の半分に相当します。これだけの広さになると、村の一つや二つは含まれるのが当然です 。

開発の波に飲み込まれた多くの村では、自らの森がなくなることに対する強い怒りが生まれ、暴力事件や内部分裂、裁判闘争に発展し、それまでの生活は激変します。一部には発展への願いから、開発を歓迎する村もありますが、サラワクのプランテーションで働く労働人口の9割弱がインドネシア人という事実が示すように、あまりの賃金の低さ(日当350円弱)に、すぐに住民の多くは、そこが雇用の場でも地域サービス提供の場でもないことに気づくのです。

なぜ、開発の前にそうした事実に気がつかないのか、という疑問が私たちには生じますが、サラワク州におけるメディア(新聞、テレビ、ラジオ)のほとんどは官僚の所有物であり、プランテーションに関しては「バラ色の未来」しか報道されていません。農園開発を受け入れることによって、学校も病院もでき、都市部へ続く道路もできる――これがほとんど実現しないことは、実は外国人の私たちが知っていても、地元に住んでいる人ほど、地元のメディアに頼っているため、知らないのです。

もちろん、地元のNGOは情報普及や啓発に努めていますが、村の多さを考えると限界があります。それでも、サラワク州内の主要NGO五団体は、支援を求めてくる住民には可能な限り対応しています。特に、GPSを使った地図作成は、その効果が大きく要望が多いそうです。また、実際の作成には、NGOスタッフが現地へ出向く必要があるため、交通費などの費用に対する財政支援が求められます。特に、サラワクでは海外のNGOの自由な活動は難しいため、地元NGOへの側面支援に力を入れるしかないという現実もありますが、「地元のことは地元の人に任せる」という原則に立てば、こういった支援はさらに推奨されるべきでしょう。

現在、サラワクでのプランテーションを巡る問題の構造は、「開発企業」対「森の先住民族」にとどまりません。アブラヤシの価格高騰により、先住民族自身が、米や野菜の自家栽培をやめ、畑や森をミニ・プランテーションへと転換する事例も現れています。

いずれにせよ、このようなプランテーション開発が続けば、先住民族が依存してきた、そして多様な生物多様性を維持してきた熱帯林の枯渇、先住民族自身の生活の激変は必至です。

ですが、パーム油を原料としたさまざまな製品を利用している私たち日本人には、サラワクの話はやはりまだ遠い世界の話です。どうすれば、もっと自分たちの問題として多くの人びとに捉えてもらえるのか。このWEBページからの情報発信がその第一歩になることを願っています。


マレーシア・サラワク州2011年度調査(前編) クルアン村、カンポン・オゴス村、ルマ・エラム村の事例はこちら

調査時期:2011/08